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【映画レビュー】熊って何!? 本国イランでは上映できない『熊は、いない』9/15公開! 【伊藤さとりのシネマでぷる肌‼】

執筆者:伊藤さとり

映画パーソナリティ・心理カウンセラーの伊藤さとりさんが、お肌も心もぷるっと潤う映画を紹介する連載。今回は9月15日公開の『熊は、いない』。監督のジャファル・パナヒはイラン出身。イランの女性抑圧を浮き彫りにする作品を撮影し、イラン政府から起訴され、6年間の懲役刑と20年間の映画製作禁止(2030年まで)を言い渡されている。『これは映画ではない』(2011)は、撮影データを入れたUSBをケーキの中に忍ばせイランから運び出し、上映した。


監督自身が主人公、信じがたい掟のあるイランの村で起こるできごと

「女性は男性の左側から生まれた」

そんな伝承があると劇中登場する村の老婆が伝えています。しかもその村では、女の子が生まれると将来の結婚相手を決めてからへその緒を切るとのこと。果たしてそんなことが本当にあるんだろうか? けれど実際にイランでは女優が外国映画でヌードになっただけでバッシングされ、イラン政府から国外追放を言い渡された事実もあります。その女優とは本作で女優役として登場するミナ・カヴァニであり、今はフランスに亡命しているんだから、へその緒の婚姻もあり得ない話じゃない。しかもこの映画の監督で劇中、監督役も務めるジャファル・パナヒはイランにおける女性差別に焦点を当てた『チャドルと生きる』と、女性はスタジアム観戦禁止という法律下でサッカー観戦しようとする女性ファンの映画『オフサイド・ガールズ』でイラン政府に目をつけられ、2010年に政府から6年の懲役と20年間映画制作を禁じられた人物。実際に本国ではパナヒ作品は上映されていないのですよ。

それでもこの監督は映画制作を諦めない。その後も本作も含め5作品を世に送り出し、ほぼ全ての映画が世界三大映画祭(カンヌ、ヴェネチア、ベルリン)のどこかで上映され、賞を獲得したものがほとんどという実力派。しかも2011年以降の作品のどれもパナヒ監督が登場するのだからドキュメンタリーと名打った作品以外は、現実と非現実の境界線上で観客は想像し、現実世界に興味を持つという作風なのです。今作『熊は、いない』だってパナヒ監督の役は彼自身がモデルなので、テヘランから離れた小さな村で身を隠すように遠隔で映画撮影をしている様子から始まります。彼が撮っている作品のテーマは偽造パスポートを使って国外逃亡をしようとしているカップルの行く末。けれどネットが繋がりづらい環境の村なので中々、撮影がはかどらない。そんな場所だから村人は携帯を持っていないそうで、人伝の話をすぐ信じて知人に伝達していくようでもあります。

興味深いのは、この小さな村は「しきたり」に縛られていて、破った者を除け者にしてしまうこと。これを言い換えるならイランという国が「法律」で人々を操っていることを伝える象徴的な描き方なわけです。一見、優しそうに見える村人も生存本能から「しきたり」に囚われ、村の安泰の為にと外の世界の情報を遮断しているようにも捉えられるし。しかも『熊は、いない』というタイトルの意味が見えてきてからの展開は鳥肌もの! この映画がヴェネチア国際映画祭審査員特別賞受賞というのも、これはイランだけの問題ではなくて、世界中の人が実は気づかないうちに巨大な力に操られているのではないかとゾッとする題材だからなのでした。そしてパナヒ監督、本作発表後にイラン当局に収監。映画を通して社会の理不尽に声を上げる。見て欲しい監督の作品です。
――伊藤さとり

☑9月15日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
『熊は、いない』

【あらすじ】国境付近にある小さな村からリモートで助監督レザに指示を出すパナヒ監督。偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている男女の姿をドキュメンタリードラマ映画として撮影していたのだ。
さらに滞在先の村では、古いしきたりにより愛し合うことが許されない恋人たちのトラブルに監督自身が巻き込まれていく。
2組の愛し合う男女が迎える、想像を絶する運命とは……。パナヒの目を通してイランの現状が浮き彫りになっていく。

 2022/イラン/107分
監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ
撮影:アミン・ジャファリ 編集:アミル・エトミナーン サウンドデザイン:モハマド・レザ・デルパック
原題: خرس نیست/英題:NO BEARS
日本語字幕:大西公子 字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン
配給:アンプラグド

©2022_JP Production_all rights reserved

映画『熊は、いない』オフィシャルサイト

この記事を書いた人

映画評論・映画パーソナリティ・心理カウンセラー 伊藤さとり

映画評論・映画パーソナリティ・心理カウンセラー

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邦画、洋画問わず年間500本以上の映画を鑑賞。映画舞台挨拶や完成披露会見等のMCを数多く担当している。また、心理学的な視点からも映画を解説。12月に新著は『映画のセリフで心をチャージ 愛の告白100選』(KADOKAWA)。「ぴあ」、「otocoto」でのコラム連載や、YouTube「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」、「めざましテレビ」「ひるおび」での映画コーナー等、幅広いメディアで映画を紹介。映画と、映画に関わる全ての人々を愛してやまない映画人。

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