【観るべき映画】歌舞伎町でホストを刺した6年後、女は結婚した……『熱のあとに』 2/2公開 【伊藤さとりのシネマでぷる肌‼】
執筆者:伊藤さとり
映画パーソナリティ・心理カウンセラーの伊藤さとりさんが、お肌も心もぷるっと潤う映画を紹介する連載。今回は、2月2日(金)公開の『熱のあとに』。歌舞伎町でホストを刺し殺そうとした女性が、血まみれの服で倒れた男の横でたばこを吸う画像、「好きで好きで仕方なかった」という理由など、センセーショナルな事件からインスパイアされた作品。事件から6年後、女性はお見合い結婚する……というストーリーです。
自分の「愛の哲学」を貫く女性のものがたり
新宿ホスト殺害未遂事件が起こったのは、2019年5月23日。「好きで好きで仕方なかったから刺した」と言った被告の言葉は、当時も覚えています。ホストと客の拗らせた愛の行方だったのだろうと思いながら、そこまで人を好きになることってあるだろうかとふと頭をよぎったあの事件。その考えを山本 英監督も抱いており、脚本家のイ・ナウォンさんは「彼女を救いたかった」という思いで事件からインスピレーションを受けて物語を生み出したというのが映画『熱のあとに』だ。実は橋本 愛さんにインタビューした際、まだ制作も配給もプロデューサーも決まっていない段階で橋本さんに出演の相談が来たそうで、その熱量と脚本の素晴らしさに頷いたと言っていたのです。
そんな橋本さんがこの映画に対して口にした言葉が「愛の切実さ」。確かに主人公の沙苗にとっては一生に一度と思える大恋愛であり、ホストという職業をする彼に自分だけを見て欲しくて、刺してしまうほど追い詰められた彼女は、「結婚という安定のはずの居場所」をのちに見つけたものの、やっぱりホストの隼人を忘れられない、というより忘れようとしていない。じゃぁなんで仲野太賀さん扮する健太と結婚したのよ?と思うと、彼女は隼人と会う為に身体まで売っていたのだから、肉体関係と愛は別物と考えているのかもしれないし、冒頭、母親がお見合いで結婚相手を探していたことから、娘がお金に困らずに生きていって欲しいという願いに答えたのかもしれない。
となると健太は何故、沙苗の過去を知った上で結婚したんだろう。これがとても興味深いの。もしかしたら健太も「帰る場所」を探していたのかもしれない。ひょんなことで出会った彼女は美人だし、たまたま独り身だったし、結婚相手に望むことも別段高くなかった彼は、自分に文句も言わない沙苗がちょうど良かったんだと思うんです。あんまり難しい話は好きじゃないし、過去のことなんてどうでもイイと思い込んでいた健太という人物を太賀くんが見事なまでに体現しているから、これらが想像が出来るんですよね。
そう、沙苗と健太の愛への価値観が全く違うから面白い。沙苗も結婚は何度でも出来るかもしれないけれど、一生に一度の愛はホストの隼人とだけ。健太は、そもそも恋愛を難しく考えていないから沙苗と会うまでは、タイミングさえ合えば恋愛も結婚も出来たはず。でも沙苗の哲学的な愛の問いのシャワーを浴び続けたことで、彼の思考がグニャッと捻じ曲げられるんだから、なんて深い映画なのでしょう。それにしても木竜麻生さん演じる足立さんもかなり闇深い。女として生きてしまうあの感覚。それもまた愛が狂わせた結果なんですよ。
こう考えると愛はやはりカタチでは表現出来ないし、言葉でも表現出来ない。その人それぞれの心の中にあるモノ、そんな気がします。
——伊藤さとり
☑2月2日(金)新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
『熱のあとに』
【あらすじ】愛したホスト・隼人を刺し殺そうとした過去を持つ女・沙苗。
事件から6年の時が経ち、出所した沙苗は林業に従事する健太とお見合いで出会い、結婚する。健太は沙苗の過去を知り、受け入れた上で結婚に踏み切ったのだった。
平穏な結婚生活が始まったと思っていた矢先、2人の前に謎めいた隣人の女・足立が現れる。気さくに接してくる足立が抱える秘密とは。そして、全てを捧げた隼人の影に翻弄される沙苗がたどり着いた、“愛し方”の結末とは――。
2024/日本/127分
監督:山本英
脚本:イ・ナウォン
出演:橋本 愛 仲野太賀 木竜麻生 坂井真紀 木野 花 鳴海 唯 水上恒司
制作:ねこじゃらし、ビターズ・エンド、日月舎
制作プロダクション:日月舎
配給:ビターズ・エンド
©2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha
この記事を書いた人
邦画、洋画問わず年間500本以上の映画を鑑賞。映画舞台挨拶や完成披露会見等のMCを数多く担当している。また、心理学的な視点からも映画を解説。12月に新著は『映画のセリフで心をチャージ 愛の告白100選』(KADOKAWA)。「ぴあ」、「otocoto」でのコラム連載や、YouTube「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」、「めざましテレビ」「ひるおび」での映画コーナー等、幅広いメディアで映画を紹介。映画と、映画に関わる全ての人々を愛してやまない映画人。
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