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【映画レビュー】ラブストーリーであり人間ドラマ『アウシュヴィッツの生還者』 実話をバリー・レヴィンソン監督が映画化【伊藤さとりのシネマでぷる肌‼】

執筆者:伊藤さとり

映画パーソナリティ・心理カウンセラーの伊藤さとりさんが、お肌も心もぷるっと潤う映画を紹介する連載。今回は公開中の『アウシュヴィッツの生還者』。『レインマン』のバリー・レヴィンソンが、アウシュヴィッツからの生還者であるハリー・ハフトの生涯を描く。


ひとりの男の過去と現在を愛をテーマに描く

宮﨑駿監督作品、ジブリアニメ『君たちはどう生きるか』をあえて表現するなら、若者たちに伝えていきたい戦争が引き起こす心的状態。日本のみならず、世界で何度も戦争映画、ホロコースト映画が作られているのも同じ理由で、“あの悪夢を繰り返してはならない”という人間への戒め。今回ご紹介する『アウシュヴィッツの生還者』は、公開中の『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』と同じように実在した人物でありホロコーストの体験者です。

主人公ハリー・ハフトはユダヤ人でアウシュヴィッツ収容所から生還したボクサー。彼は生き別れた恋人に自分の存在を知って欲しくて、ボクシングで記事に掲載されることだけを目的にリングに上がっています。けれどこの映画はボクシング映画ではない方向に観客である私たちを誘ってゆくのです。それはハリーがひとりの記者に「いかにして収容所から生還したのか」を伝える中でフラッシュバックし、彼が収容所で奴隷のように扱われていた時代へと戻っていきます。ドイツ兵の犬のように同士であるユダヤ人とボクシングの対戦をさせられ、勝ち抜いていくことで生きながらえるという非道な試合。この記事が出たことで、ハリーはホロコーストからやっと逃れられたのに、戦争のない時代でもユダヤ人の仲間から唾をかけられることに。実はこの映画は、ボクシング映画というより、ハリーの一途な思いを描いた壮大なラブストーリーであり、贖罪でもありました。

本作でハリー・ハフトを演じたベン・フォスターは、役の為に28キロ減量して収容所時代を演じ、その後のボクサー時代を演じる為に5か月間、食事制限をしながら体重を戻し、ボクサーの体型を作ってボクシングトレーニングも受けています。しかもハリーの対戦相手のひとりが、伝説のボクサーであるロッキー・マルシアノ。この対戦もハリーを変える大きなきっかけになるのですが、物語はハリーが決して弱い人間ではなく、情深く、友情と愛情に溢れ、一途であったことも伝えています。個人的には彼に興味を示すミリアムという女性がとても魅力的。彼との関係について「私がここにいるのは、あなたの気が晴れるようにするためだけでもない。私がここに居たいからでもある」と言いのけられる精神的に自立した女性です。

ベトナム戦争を舞台にしたロビン・ウィリアムズ主演『グッドモーニング・ベトナム』(87)や、障害を持つ兄との関係を描いたダスティン・ホフマンとトム・クルーズ共演作『レインマン』(88)を監督した巨匠バリー・レヴィンソンによるひとりの男の愛と追憶の日々は、「愛が人を生かす」というシンプルで重要なテーマで紡がれた人間ドラマ。そんな傑作にこの夏、出会いました。——伊藤さとり

☑新宿武蔵野館ほか公開中『アウシュヴィッツの生還者』

【あらすじ】1949年、ナチスの収容所から生還したハリーは、アメリカに渡りボクサーとして活躍する一方で、生き別れになった恋人レアを探していた。レアに自分の生存を知らせようと、記者の取材を受けたハリーは、「自分が生き延びた理由は、ナチスが主催する賭けボクシングで、同胞のユダヤ人と闘って勝ち続けたからだ」と告白し、一躍時の人となる。だが、レアは見つからず、彼女の死を確信したハリーは引退する。それから14年、ハリーは別の女性と新たな人生を歩んでいたが、彼女にすら打ち明けられないさらなる秘密に心をかき乱されていた。そんな中、レアが生きているという報せが届く──。

 2021/カナダ・ハンガリー・アメリカ/129分
監督:バリー・レヴィンソン(『レインマン』 『グッドモーニング,ベトナム』)
出演:ベン・フォスター ヴィッキー・クリープス ビリー・マグヌッセン ピーター・サースガード ダル・ズーゾフスキー ジョン・レグイザモ ダニー・デヴィート
提供:木下グループ

配給:キノフィルムズ

© 2022 HEAVYWEIGHT HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画『アウシュヴィッツの生還者』オフィシャルサイト

この記事を書いた人

映画評論・映画パーソナリティ・心理カウンセラー 伊藤さとり

映画評論・映画パーソナリティ・心理カウンセラー

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邦画、洋画問わず年間500本以上の映画を鑑賞。映画舞台挨拶や完成披露会見等のMCを数多く担当している。また、心理学的な視点からも映画を解説。12月に新著は『映画のセリフで心をチャージ 愛の告白100選』(KADOKAWA)。「ぴあ」、「otocoto」でのコラム連載や、YouTube「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」、「めざましテレビ」「ひるおび」での映画コーナー等、幅広いメディアで映画を紹介。映画と、映画に関わる全ての人々を愛してやまない映画人。

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