【映画レビュー】イランの草原を車で走る4人家族、次男だけはしゃいでいるが……『君は行く先を知らない』8/25公開! 【伊藤さとりのシネマでぷる肌‼】
執筆者:伊藤さとり
映画パーソナリティ・心理カウンセラーの伊藤さとりさんが、お肌も心もぷるっと潤う映画を紹介する連載。今回は8月25日公開の『君は行く先を知らない』。イランの国境へとむかう4人家族。車での旅には大事な目的があるのだった。
家族のたわいもない会話に涙!
世界各国で様々な映画が誕生し、その国の背景から描かれる家族の物語が多くあります。しかも日本では想像も出来ないような圧力を政府から受けたり、差別を受けたりと同じ時代に生きているのに全く違う状況で生きている人間。なかでも個人的に目を向けている国の一つに「イラン」があり、理由は人々が自由を奪われ、政府から目をつけられ、国外脱出を図ったりしている状況を映画で知ったからなんですよね。
近年のイラン映画『人生タクシー』(2015)は、政府により映画制作を禁じられたジャファル・パナヒ監督がタクシー運転者に扮し、車に取り付けたカメラでテヘランの社会状況を客の言葉を通して伝える作品で、結果、第65回ベルリン国際映画祭金熊賞(最優秀作品賞)を受賞。実はこの監督の息子であるパナー・パナヒ監督の長編デビュー作が今回ご紹介する『君は行く先を知らない』なのです。
主人公はある4人家族と1匹の弱った犬。6歳の次男坊はよく喋るし、やんちゃだし、とにかく騒がしいのだけど、それ以外の家族はどこか悲しげ。長男が運転する車は知人からの借り物で、次男はどこに行くのかも教えてもらえない状況。母親は空元気を出してカーステレオから流れる歌謡曲に踊りながら歌っているけれど、彼らは何かから逃げるように車を走らせているのでした。
気になるのは6歳の次男ラヤン・サルラクをどうやって演出したのか? まぁそれだけ存在感が大きいのだけれど、自然体でありつつ動くカメラを見つめながら堂々と歌う演技まで出来てしまう間違いなく大物子役。冒頭からピアノのスコアと登場人物たちの行動をリンクさせ、ロードムービーなのに彼らの感情を表現する歌が節々に流れ、それを彼らが車の中で歌うというミュージカルにはならない手法を使うのも興味深い。しかも自然や星空と親子が調和するショットに思わず見惚れてしまうんだからこの監督、今後も注目ですよ。
どこの国の親子もこんな感じなんだよな、と思わせる母と息子、父と息子の会話に愛が溢れていて、しかも家族4人の俳優陣が皆、魅力的! それは誰の目にも明らかで、フィラデルフィア映画祭では4人揃ってアンサンブルキャスト賞を受賞したそうな。視覚と聴覚から監督のセンスが溢れ出る映画『君は行く先を知らない』。後半、親子のたわいもない会話に、一気に涙がこぼれ落ちたのは、きっと誰もが持っている家族への想いなんじゃないかなと。
☑新宿武蔵野館ほかにて、8月25日公開『君は行く先を知らない』
【あらすじ】荒涼としたイランの大地を走る1台の車。後部座席では足にギプスをつけた父が悪態をつきながら、旅に大はしゃぎする幼い次男の相手をしている。助手席の母はカーステレオから流れる古い歌謡曲に体を揺らし、運転席では成人した長男が無言で前を見据えている。次男が隠し持ってきた携帯電話を道端に置き去ったり、尾行に怯えたり、転倒した自転車レースの選手を乗せたり、余命わずかなペットの犬の世話をしたりしながら、一家はやがてトルコ国境近くの高原に到着する。そこで父と母は羊飼いや仮面をつけた男と交渉し、長男は「旅人」として村人に迎えられる。旅の目的を知らない次男が無邪気に騒ぐ中、我々はこの家族の行方を知ることになる。
2021/イラン/93分
監督:パナー・パナヒ
出演:モハメド・マッサン・マージュニ(父親役) パンテア・パナヒハ(母親役) ラヤン・サルアク(次男役) アミン・シミアル(長男役)
配給:フラッグ
ⒸJP Film Production, 2021
この記事を書いた人
邦画、洋画問わず年間500本以上の映画を鑑賞。映画舞台挨拶や完成披露会見等のMCを数多く担当している。また、心理学的な視点からも映画を解説。12月に新著は『映画のセリフで心をチャージ 愛の告白100選』(KADOKAWA)。「ぴあ」、「otocoto」でのコラム連載や、YouTube「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」、「めざましテレビ」「ひるおび」での映画コーナー等、幅広いメディアで映画を紹介。映画と、映画に関わる全ての人々を愛してやまない映画人。
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