【観るべき映画】過疎化の村で隣人とうまくやっていけない恐怖 『理想郷』公開中！ 【伊藤さとりのシネマでぷる肌‼】

昨年のこと。東京国際映画祭で観たその映画は、最優秀賞の東京グランプリを受賞、フランソワ・オゾンの映画でもお馴染みのフランスの名優ドゥニ・メノーシュに最優秀主演男優賞、他にも前作『おもかげ』が、痛烈な冒頭から圧巻のストーリーで話題となったスペイン人監督・ロドリゴ・ソロゴイェンに監督賞、東京都知事賞を持たらしました。しかも世界で57もの賞を受賞した『ザ・ビースト』はタイトルを『理想郷』に変え、ついに日本で劇場公開を迎えます。それこそ本作は、遠くの国の出来事かと思いきや、恐ろしいほど身近に起こりうる人同士の衝突であり、途中から他人事に思えなくなる映画だったので、今も鮮明に覚えています。しかも俳優達の演技がリアル過ぎて二度観てもその衝撃は変わらず、コミュニティに生きる全ての人に当てはまる作品なのです。

本作は、子育てを終えて晩年を田舎で過ごそうとすべてを投げ打ってこの地へやって来たある夫婦が、一部の地元住民から嫌がらせを受け、やがて事態は取り返しのつかない方向へと進むサスペンス。
実はスペインのガリシア州で起きた事件をベースに、監督と脚本家のイザベル・ペーニャがオリジナルで作り上げたもので、特に斬新なのは、夫からの視点と妻からの視点を描くことで前後編のような構成になっている点です。しかも過疎化が進んだ村という小さなコミュニティなので、そこで暮らす為には改善策を探していかなければいけない。元々は些細な嫌がらせかと思いきや、放っておくと事態は悪化し、注意勧告や警察に通達しても改善することはなく、お隣同士の関係だから距離を置くことも出来ない状況下で、武力行使へと発展する展開に自分達が思う最善策を自然と考えながら映画を見ることになっていきます。

まさに心理学で言う「黒い羊効果」にも近い集団心理。黒い羊は悪者ではないのに、その集団と何かが違うことからのけ者にされてしまい、いじめが起こり始めるというものです。しかも劇中、敵視する兄弟以外の周囲の村人は主人公夫婦に嫌がらせをすることもありません。けれど声の大きな兄弟に強く注意をする人は誰も居ないという状況です。映画は森の中の村での出来事として描かれていますが、それは職場でも学校でもマンションでもSNS上でも起こりうる人間トラブルそのものでした。大自然に囲まれた広大な土地に住んでいるはずなのに、逃げ場のない心理状況を描く『理想郷』。時に「正義感」は、振り翳し過ぎると取り返しのつかない結果を生むし、過信してはいけないと教えられる痛烈な映画。

安住の地だったはずの新天地がまさかの悪夢に。あなたがもしこの夫婦ならどうしますか？
——伊藤さとり

【あらすじ】フランス人夫婦アントワーヌとオルガはスローライフに夢を抱き、緑豊かな山岳地帯スペイン・ガリシア地方の小さな村に移住する。しかし、ある出来事をきっかけに地元の村人たちと敵対関係が激化していき……。

 2022／スペイン・フランス／138分
監督：ロドリゴ・ソロゴイェン
撮影監督：アレハンドロ・デ・パブロ
脚本：イザベル・ペーニャ、ロドリゴ・ソロゴイェン
出演：ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイス、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロン

配給：アンプラグド
後援：駐日スペイン大使館、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
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